藤澤典明
藤澤典明
- " 藤沢典明は戦後、一貫して抽象作品を制作してきたが、本作は第40回の二科展に出品し、二科賞に輝いた作品である。近年のものに比べると、ダイナミックな力強い、ある意味では荒っぽい作風であるが、「脱出」と題されたことからも分かるように、逃避という側面、つまり現実から逃れようとする意志と、それを遮ろうとする現状の束縛とが、二つの対立要素として、画面に緊張感を与えている。
抽象作品とはいえ、ここでは近年の幾何学的な抽象ものと違って、明らかに象徴的な要素が見られる。画面上方にある二つの円はおそらく「目」を意味するのだろうし、画面の左右で縦に力強く置かれた棒は、脱出を遮る格子を思わせるし、左下の白の色面は捉えられた人物の側面図であろう。また画面上方に幾つか見られる放射線は、人物のまつげのように見えるが、それは実のところ視線の拡散を意味する。
つまり、以上の諸要素を繋げると、鉄格子につながれた人間が、目を輝かせながら、あらゆる方向に視線をめぐらし、脱出の時を待っている姿ということになろうか。
抽象作品に対して、このような物語を見つけようとするのは、美術の純粋抽象を目指す画家にとっては迷惑な話に違いない。画家は今読み取ったことなど全く眼中になく制作したのかもしれない。しかし、この抽象作品に「脱出」という名を与えたのが画家自身であるとするなら、見る者もまたその文脈で画家の創造を追体験できるだろう。
「脱出」は現実においては様々な姿をとる。戦争映画の場面を思い浮かべることもあるだろうし、刑務所の鉄格子であってもいいし、奇術の縄抜けでもよい。しかし人が何を思い浮かべようと、「脱出」ということの本質には、逃げるものとそれを遮ろうとするものとの激しい対立が存在する。つまり、そのダイナミックなぶつかり合いは、それが肉体同士をぶつけるものであれ、心理的な対立であれ、十分に絵画化されるモメントである。それは絵画にあっては、脱出を図る兵士の姿を具体的に描いてもよいわけだが、より抽象的に色と色の対立、あるいは形と形の対立として示すことも可能である。
本作は明らかに後者の方法を取って制作された。当美術館が所蔵する他の作品「饗宴」「回想」などもまた、そうした意図で制作されている。抽象的な色と形から、現実の具体的イメージが全く除去されたとはいえ、それらもまた「饗宴」「回想」以外の何者でもないのである。"
1916-1989
フジサワノリアキ
Noriaki FUJISAWA
O-38
制作年:1955
サイズ:193.9×130.3cm
技 法:油彩
材 質:キャンバス
形 状: